5月13日(日曜日)
「埼玉県立・川の博物館」の平成23年度春期企画展「世界の運河・日本の運河」。パナマ運河建設工事の歴史、技術等のパネル紹介もあった。
日本人青年技師・青山 士(あきら)がパナマにてその建設工事の測量技師として従事したことは聞きかじっていたが、今回の展示で初めて
学んだことがあった。1904年(明治37年)パナマ運河工事に着任、1912年1月に帰国した青山は荒川放水路の建設に従事した。1915年には最重要かつ
難工事の岩淵水門(放水路の入り口)の工事主任となった。1918(大正7年)には荒川改修事務所主任となり、荒川改修と放水路開削工事の全てを任された。
1924年人工の放水路は完成した。同水門から東京湾河口まで幅500m、全長22qの放水路(現在の荒川。旧荒川は現在の隅田川)は、いわば人工運河である。
新・旧の岩淵水門は我が住処から何んと4q向こうで、恥ずかしながら地元でした。「荒川知水資料館」には貴重な資料もあるようで、ぜひ水門見学に
出掛けたい。
5月7日(月曜日)
大型GW中に少しばかり集中して取り組んだ結果、「和西海洋辞典」の第一次の全般的な見直しが
終わりました。誤りの出来る限りの訂正とともに、読み易くするための細かい修正をも行いました。お気付きの点ご教示よろしくお願い致します。
5月5日(土曜日)
先月28日に「埼玉県立川の博物館」を訪ねた。真に興味深いものであった。本館での常設展示としては、荒川水系での舟車(川に係留された
舟形の粉ひき水車)、帆掛け荷船(画像参照)、「舟の橋」の模型、ウナギを捕獲する筌(うえ)等の漁具、鉄砲堰のジオラマ、埼玉県内でも養殖が
盛んな観賞用金魚に関する展示等である。江戸時代中期に開削された閘門式運河「見沼通船堀」(みぬまつうせんぼり)(埼玉県さいたま市緑区)の模型展示 (通船堀は
利根川から水を引いた見沼代用水と、江戸につながる芝川とを結んだ全長約1kmの運河。国指定史跡)。その他、荒川奥地に棲息する
ヤマメ、イワナなどの他、コクチバス、オオクチバス等の淡水魚を観察できるミニ水族館「渓流観察窓」もある。
屋外には、源流から東京湾までの173kmにおよぶ荒川周辺の大型立体地形模型が展示される。博物館のシンボルである直径23mの大水車には度肝を
抜かれた。交通案内:東部東上線鉢形駅下車、徒歩10分ほど。
5月1日(月曜日)
[昨今の想い(No.001)] 南米アルゼンチン・海軍教育総局の所轄下にある漁船々長・機関長養成機関に勤務し始めたのが1984年4月。
翌年からスペイン語の海洋関連用語を大学ノートにこまめにメモし、ワード(Word)という日本語変換ソフトを用いて、少しずつパソコン(PC)入力
するようになった (当時はファックスもない時代。PC普及の黎明期であった)。その後の委細は省くとして、1995年に「Windows95」が世に
出て本格的なインターネット時代が到来した。
タグ形式でのホームページ作成法を独学し、「海洋総合辞典」の原型を初めてネット上へアップロード、その成功に心底感激したのが
同じく1995年のことであった。ネットへの接続は電話線をPCに繋いでのダイアルアップ式(この間電話は使用不可)。
今からすれば、ネット接続には信じられないほど手間暇がかかり、通信速度も「微速/デッド・スロー」であった。
以来30年近くになる。「今日よりも明日、明日よりも明後日、より良いものに創り上げたい」との想いが辞典"創り"への大きなモチベーション
となって来た。当然ながら、辞典の存在価値を判断する基準はその"創造"に「費やした時間」ではない。「今現在、真にどれほど役に立ちうるのか」
が一重要基準であろう。
この辞典においても間断なき「変革&進化」が求められる。そして、今確信をもって言いうることは「その変革&進化の伸び代は無限大に近い」
ということだと想う。
4月27日(金曜日)
埼玉県立「川の博物館」(大里郡寄居町小園、電話048-581-7333)では、2012年3月10日から
5月6日まで、「世界の運河・日本の運河」という春期企画展を開催中。埼玉県内の「沼代用水と通船堀」(日本で初めての閘門式運河と
いわれる)などの日本の運河だけでなく、パナマ・スエズ運河、中国・欧州の運河などを紹介する。開催期限は残りわずか! 吾輩も見逃さず訪ねます。
4月22日(日曜日)
韓国・全羅南道・木浦市にある国立海洋博物館にて屋外展示されているエビ・トロール漁船が面白い。エンジンを装備せず自走できないので、
「バカな船 fool boat」といわれる。だが、巨大な木製の錨でもって、潮流に抗して係留海域に踏み留まり、両舷に拡げたトロール網でエビを捕る。
燃油も漁撈船員もいらない「船形木箱の賢い船」の話をアップしました。