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漁港―特に底曳漁業が盛んな漁港―では、部外者が写真を撮影することは、あまり歓迎されない。
したがって、十分な写真を撮影できなかった。
No.2
No.3
No.4
底曳漁業は県条令によって規制される。県によって条令が多少異なる。しかし、三津浜でみられた漁船は、
基本型において瀬戸内海北岸の漁船との間に多くの共通点が見られたことが、最初に気がつく特徴である。
瀬戸内海の東部と中部で見られた漁船に比べて、甲板は大きく反っている。これは西に向かって開く
伊予灘に面するからだろう。No.1に示す船やその写真の遠景の左から4番目の船のように操舵室が2段
になっている船が見られる。
No.2に示すように、甲板は左右と船尾において船体よりも張出している。
No.3に示す船では、船首はバルバスバウ(船首が突き出す)になり、船尾にはスタビライザ(船尾水面
直下が後方に伸びる)が付いている。この他にもこのような船首と船尾の船が見られる。これは、出入港
時間が規制されているので、漁場との往復航海において航走性能を向上させるためである。
操舵室の後に直径約1mのドラムがあり、網を捲き込む。「伊予灘西部における第二種底曳漁船の操業写真」
に示した船は、コッドエンドを右舷中央から揚げていたが、この船では船尾にあるパイプを組んだ櫓(ヤグラ)
によって揚げるように変わった。それに伴ってNo.2に示すように船尾のブルワークトップはローラに変わった。
網口を拡げるビームはFRP製で、その長さは船とほぼ等しい。伊予灘西部の操業写真では、ビームは船よりも
はるかに長かった。
伊予灘西部の操業写真を撮影してから、これらの写真を撮影するまでに5年しかたっていない。
根拠地が変われば、網の揚げ方やビームの長さのような細部に関して共通的な考え方が異なる例と
みなせるだろう。
No.4は航走中の底曳船の写真である。バルバスバウの船首で船尾にスタビライザを付けた船における
航走中の波の立ち方が分かる。すなわち、それらの効果を推測できる。
整理が終わった縄の並べ方が分かる。左舷船尾に鉢ごと置いて投縄する。底延縄のラインホーラは、
普通は右舷船首付近にあり、この写真ではその部分は写っていない。
三津浜には家船はない。しかし、この船にはテレビのアンテナがあり、前半分は二重にテントが張られ、
船尾には炊事場の設備が見られるように、家船の特徴を備える。家船の内部の様子が伺える。
対岸の吉和(倉敷)は、家船の根拠地であり、毎年そこから出漁してくる可能性が考えられる。
右舷中央付近から縄を揚げる。
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瀬戸内海の本州側で見られる漁船に関しては、いくつかのフォールダに記した。しかし、瀬戸内海の
四国側には訪れる機会があまりなかった。1984年に松山の外港である三津浜を訪れる機会を得たので、
その際に撮影した写真をここに示す。
[No.1: ft_image_15_18/image001.jpg]
[No.2: ft_image_15_18/image003.jpg]
[No.3: ft_image_15_18/image005.jpg]
[No.4: ft_image_15_18/image007.jpg]

[No.5: ft_image_15_18/image009.jpg]
[No.6: ft_image_15_18/image011.jpg]
[No.7: ft_image_15_18/image013.jpg]
[No.8: ft_image_15_18/image015.jpg]
[No.9: ft_image_15_18/image017.jpg]
[No.10: ft_image_15_18/image019.jpg]