FishTech - Photographs of Fishing Techniques −漁業技術の画像集「FishTech」−
by Emeritus Prof. Hiroshi Maeda, Fisheries College, Shimonoseki, Japan in collaboration with Asst. Prof. Koichi Fukada, Fisheries College, Shimonoseki, Japan
[著] 水産大学校名誉教授・理学博士 前田弘 [協力] 水産大学校助教授 深田耕一

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桁  網



 桁網(機船底曳網漁業第3種)はファイル「大阪湾南部の底曳漁業」・「日生の底曳漁船」・「帆打瀬網」に 示した。しかし、それらに含められなかった桁網関係の写真を、このファイルに示す。

 桁網は海底環境を最も破壊しやすい漁法の1つであると考えられる。しかし、他の業種の底曳網漁業が盛んな 地域では、漁具の詳細・漁期と着業統数は厳重に規制されながら共存している。著しく環境破壊的であり、 影響が他の(底曳網)漁業にまで及ぶとすれば、共存する第1種と第2種の底曳網漁業の業者等からの反対があり、 全面的に禁止されるだろう。しかし、先にあげた3つのファイルに示した地方と、このファイルに含めた写真を 撮影した地方では、いずれも古くから共存している。

No.1
[No.1: ft_image_15_30/image001.jpg]

No.2
[No.2: ft_image_15_30/image003.jpg]

No.3
[No.3: ft_image_15_30/image005.jpg]

No.4
[No.4: ft_image_15_30/image007.jpg]

No.1からNo.4までは、桁網漁船の写真を示す。桁網漁業には、幅の広い桁を1統だけ曳く型と複数の狭い桁を 曳く型がある。桁では漁獲できる高さは限られているし、桁が大きくなると扱いにくくなる。同じ小さな力では 複数の小さい桁を曳く方が有利である。また、網が障害物で破れることを考えると、小型の桁を複数曳く方が 有利である。従って、この型が多い。

 幅の広い桁は船尾に櫓を組んで扱われる。この漁業は漁期が限られるので、漁期の間だけ櫓が仮設されるか、 櫓を利用した他の型の(底曳)漁業に使われる。

No.5
[No.5: ft_image_15_30/image009.jpg]

No.6
[No.6: ft_image_15_30/image011.jpg]

No.5とNo.6は、瀬戸内海のフェリーボートから撮影した。移動中の桁網漁船の写真である。移動中は桁を 引上げ網の袋は、よごれを落すことを兼ねて水面を曳かれる。桁は大きいが、ウインチで扱われるので、 1人乗りである。

No.7
[No.7: ft_image_15_30/image014.jpg]

No.8
[No.8: ft_image_15_30/image013.jpg:
拡大画像から小画像作成]

No.9
[No.9: ft_image_15_30/image016.jpg]

No.10
[No.10: ft_image_15_30/image018.jpg]

No.11
[No.11: ft_image_15_30/image020.jpg]

 No.7からNo.11までは、漁期外に漁港に置いてある桁の写真である。

 そのうちNo.7とNo.8は、1隻で複数統を曳く小型の桁の写真である。桁はNo.7の右の方に曳かれる。 すなわち、爪は前にあり、後に網の袋がつけられる。桁の前の両端には爪の上に錘がつけられ、その上縁に ワープが結ばれる。底質と漁獲対象によって、爪の食込み方を調整するために、ワープの取付け位置を 調節できるようになっている。桁に取付けられる錘は、元来花崗岩で作られていた。しかし、同じ大きさで 同じ目方に調節された金属製のものが用いられるようになった。鉄製の枠を大きくして錘を付けない型もある (例えば、長良川の河口におけるシジミの桁網)。

 No.9とNo.10は、1隻で1統を曳く幅の広い型の桁である。No.9の下の方に曳かれる。

 桁の枠は二重になり、網の袋は後の枠に取付けられる。爪は磨耗するので、1本ずつ取替えられるよう になっている。

 西日本に関する限り、桁の構造は地方による差はほとんどない。

 No.11はソロバン等の名で呼ばれる桁の写真である。この変形はあまり見られなかった。この他に、 ソリを付けた型(例えば、日生)のような変形も見られる。

No.12
[No.12: ft_image_15_30/image022.jpg]

No.13
[No.13: ft_image_15_30/image024.jpg]

No.14
[No.14: ft_image_15_30/image026.jpg]

No.15
[No.15: ft_image_15_30/image028.jpg]

 No.12からNo.15までに写した船には、桁網を使っている根拠はない。しかし、「大阪湾南部の底曳漁船」・ 「日生の底曳漁船」および「帆打瀬網漁船」と同様に帆打瀬網時代の特徴を備えた木船である。これらの 写真は、明石において’80年代の初めに撮影した。明石における底曳網漁船は独特の型に進化し、それは 「明石における底曳漁船」に示した。相隣る2つの船溜りにおいて、このような対照的な船が見られた。

  No.12とNo.13は同じ船の写真であり、この船はNo.14とNo.15において左側に写っている。よく整備 されているので、稼動中であると考えられる。

 これらの船は
(1)船首材が立ちあがっている、
(2)船首材上端に船主のマークがあり、
(3)船首材と舷側の接点に模様が見られる、(4)マストは太い丸太製で、支索はなく、その支点の構造は、 他のファイルに示した和船型桁網漁船と似ている。
(5)(軸が縦の)1軸に複数のドラムを備えたキャプスタンを備える(普通の漁船では機関の覆いが目立ち、 その両側にワーピングエンドを備える)。
(6)左舷中央部に孟宗竹を渡してあるのは、ここで網を扱うことを示す。この部分で網を扱うのは和船時代 の伝統である。
(7)特に目立つのは、’80年代の初めでも大きな木製のアンカーを用いていたことである。

 ここで示した(7)以外の特徴の多くは、桁網を示した他のファイルに含まれる写真と共通している。

 なぜ大都市近郊においてこのような古い面影を残す漁船が、新しい漁船と共存し、複数がなお稼動中で あるか、疑問である。1つの可能性として、瀬戸内海とその近辺では、船に関して伝統を大切にする考え 方が強いためであることが考えられる。

 

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