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桁網は海底環境を最も破壊しやすい漁法の1つであると考えられる。しかし、他の業種の底曳網漁業が盛んな
地域では、漁具の詳細・漁期と着業統数は厳重に規制されながら共存している。著しく環境破壊的であり、
影響が他の(底曳網)漁業にまで及ぶとすれば、共存する第1種と第2種の底曳網漁業の業者等からの反対があり、
全面的に禁止されるだろう。しかし、先にあげた3つのファイルに示した地方と、このファイルに含めた写真を
撮影した地方では、いずれも古くから共存している。
No.2
No.3
No.4
幅の広い桁は船尾に櫓を組んで扱われる。この漁業は漁期が限られるので、漁期の間だけ櫓が仮設されるか、
櫓を利用した他の型の(底曳)漁業に使われる。
No.6
No.8
No.9
No.11
そのうちNo.7とNo.8は、1隻で複数統を曳く小型の桁の写真である。桁はNo.7の右の方に曳かれる。
すなわち、爪は前にあり、後に網の袋がつけられる。桁の前の両端には爪の上に錘がつけられ、その上縁に
ワープが結ばれる。底質と漁獲対象によって、爪の食込み方を調整するために、ワープの取付け位置を
調節できるようになっている。桁に取付けられる錘は、元来花崗岩で作られていた。しかし、同じ大きさで
同じ目方に調節された金属製のものが用いられるようになった。鉄製の枠を大きくして錘を付けない型もある
(例えば、長良川の河口におけるシジミの桁網)。
No.9とNo.10は、1隻で1統を曳く幅の広い型の桁である。No.9の下の方に曳かれる。
桁の枠は二重になり、網の袋は後の枠に取付けられる。爪は磨耗するので、1本ずつ取替えられるよう
になっている。
西日本に関する限り、桁の構造は地方による差はほとんどない。
No.11はソロバン等の名で呼ばれる桁の写真である。この変形はあまり見られなかった。この他に、
ソリを付けた型(例えば、日生)のような変形も見られる。
No.13
No.14
No.15
No.12とNo.13は同じ船の写真であり、この船はNo.14とNo.15において左側に写っている。よく整備
されているので、稼動中であると考えられる。
これらの船は
ここで示した(7)以外の特徴の多くは、桁網を示した他のファイルに含まれる写真と共通している。
なぜ大都市近郊においてこのような古い面影を残す漁船が、新しい漁船と共存し、複数がなお稼動中で
あるか、疑問である。1つの可能性として、瀬戸内海とその近辺では、船に関して伝統を大切にする考え
方が強いためであることが考えられる。
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桁網(機船底曳網漁業第3種)はファイル「大阪湾南部の底曳漁業」・「日生の底曳漁船」・「帆打瀬網」に
示した。しかし、それらに含められなかった桁網関係の写真を、このファイルに示す。
[No.1: ft_image_15_30/image001.jpg]
[No.2: ft_image_15_30/image003.jpg]
[No.3: ft_image_15_30/image005.jpg]
[No.4: ft_image_15_30/image007.jpg]
[No.5: ft_image_15_30/image009.jpg]
[No.6: ft_image_15_30/image011.jpg]
[No.7: ft_image_15_30/image014.jpg]
[No.8: ft_image_15_30/image013.jpg:
拡大画像から小画像作成]
[No.9: ft_image_15_30/image016.jpg]

[No.10: ft_image_15_30/image018.jpg]
[No.11: ft_image_15_30/image020.jpg]
[No.12: ft_image_15_30/image022.jpg]
[No.13: ft_image_15_30/image024.jpg]
[No.14: ft_image_15_30/image026.jpg]
[No.15: ft_image_15_30/image028.jpg]
(1)船首材が立ちあがっている、
(2)船首材上端に船主のマークがあり、
(3)船首材と舷側の接点に模様が見られる、(4)マストは太い丸太製で、支索はなく、その支点の構造は、
他のファイルに示した和船型桁網漁船と似ている。
(5)(軸が縦の)1軸に複数のドラムを備えたキャプスタンを備える(普通の漁船では機関の覆いが目立ち、
その両側にワーピングエンドを備える)。
(6)左舷中央部に孟宗竹を渡してあるのは、ここで網を扱うことを示す。この部分で網を扱うのは和船時代
の伝統である。
(7)特に目立つのは、’80年代の初めでも大きな木製のアンカーを用いていたことである。