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No.2からNo.24までは、柳川における干潟漁業の写真である。干潟で行われる採集漁業と澪筋で行われる漁業が
見られる。有明海では、独特の生物が食用にされるが、対象生物による漁法の細かな差までは、このファイルに
含めなかった。また、養殖用の資材や設備はこのファイルに含めなかった。
No.3
No.4
No.5
No.6
沿岸漁村では、アワビ・ウニ等の解禁日には、合図とともに組合員が一斉に採集にかかる方式が普通である。
しかし、ここでは干潟が広く分散して採集にあたっている。
No.8
No.9
No.10
No.11
No.12
No.13
No.7はサデ網を担いでいる写真である。この網は、泥橇等では運ばれない。1人で担いで運ばれる。
竿の左は腹で受けとめる部分、右は泥の上を押される部分である。この写真は上から見下ろして撮影したので、
人物と網の大きさを比べられないが、網の大きさはNo.11とNo.12では分かりやすい。
No.8は網を広げた様子である。画面上に向かって開き、棒の先を海底につけて浅瀬を押す。
No.9は、その作業の様子を示す。
No.10からNo.12までは、作業の終わりで、この順に網を揚げる。
No.13は持物を入れる樽で、換え網が入っている。
干潟では貝類や有明海独特の食用底棲動物を掘っている。
No.22
No.24
潮汐の干満が大きいので、当然丈の低い底刺網しかない。上下2つの部分に分かれているように見えるが、
構造と操業法の詳細は、これらの写真から分からない。
日本では普通は網を揚げる方の舷側に竹を渡して網の滑りをよくする。しかし、この船では、それが見当たらない。
揚がってきた網は、船の中心線に沿った竿からでた短い枝の列に一定の長さ(多分1反ずつ)懸けられる。
この方式は隣りの八代海でも見られる。
この枝の方向から考えると左舷から網を揚げる。これは櫓で漕ぐ和船時代の習慣である。九州西岸ではこの習慣が
残っている。
動力化したネットホーラを備える。中心線にある逆L字型の支柱から下がったボールホーラである。揚網中は
左舷がわに振出される。
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干潟における採集は、最も古くから行われていた漁法である。干潟はそれぞれ地元の漁協が管理し、組合員は
ほぼ周年に渡ってアサリ等を採集する。泥混じりの砂地では、春先の大潮の干潮時には潮干狩りが行われる。
しかし、これは入漁料を払って行われるレジャーと見てよいだろう。
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No.B18
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