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このシリーズでは、スポーツフィッシングは遊漁として別に扱う。一本釣を行う船の特殊な型として家船がある。
これは、減少してきたし、実態を把握しにくい。尾道・三津浜・山口県東部等の漁船として挙げたものの中には、
家船らしいものが含まれる。明かに家船と認められるものは別のフォールダにまとめた。
一本釣として例外的に規模が大きなものには、カツオ釣とイカ釣がある。かっては、これらの他にサバ跳釣が
あった。前2者はそれぞれ別のフォールダにまとめた。
最近の20・30年間の動きとして―特に深海一本釣用の―動力リールが用いられるようになった。これを記載する
ことを重点の一つとした。なお、このような装置の一部は他の釣漁業における同様な装置との関係で「小型漁船
における釣漁具巻上げ装置」に示した。
また、伝統を記載して残す意味で、手造りの釣針を作っている写真を別のファイルに記した。
一本釣はどこでも行われるように考えられるが、一本釣の漁船が集まる場所と時間はは驚くほど限られている。
礁には魚が集まるので、好漁場になり、漁船―特に一本釣漁船―の集まることはよく知られている。それと
同様なことが海底にできた窪みについても起こる。
No.1からNo.6は、山口県の東端に近い平郡島付近に集まる一本釣漁船の写真である。ここには、高度経済成長期の
建設ブームのために、海底の砂を取った跡の大きな窪みがある。多数の漁船が、その窪みに集まっている。
それらには、3種類がある。その1つは、No.4に示すように、最も小型で、No.12と同じような船である。
この地区を根拠とし、1人乗りで、船尾で魚を釣る。船尾部分だけにテントを張り、テレビのアンテナは見られない。
すなわち、船を仕事の場とし、生活の根拠は陸上にある。
第2の型はNo.5に示すような中型で、夫婦2人乗り、船首部と船尾部にテントが張ってあり、テレビのアンテナ
が見られる。すなわち、船は仕事の場であるばかりでなく、生活の場にもなっている。船の前半は生活用で、
後半は作業用である。右舷船尾で魚を釣る。
第3の型はNo.6の中央に示す大型の船である。
最初に示した2つの型の船は、一本釣漁船である。風による漂流を少なくするために、船尾にスパンカー
セールを立てる。潮上から流されながら釣り始め、窪みの外まで流されると、窪みの潮上手まで潮登りをして
また釣り始める。この動作を繰り返す。
第3の型の船はこれらと動きが異なる。静止画像ではこのことは分かりにくい。この船はある時間になると、
近くの岬の付近からでてきて漁船を回り釣った魚を集め、港に帰る。港では小型の活魚運搬トラックが待ち
うけている。集めてきた魚をそれに移す。このような小型トラックは近くの各地から中間集荷地(ここでは柳井港)
に集まる。そこには、低温輸送の大型トラックが待ちうけている。集めた魚をそれに移す。この作業はドッキング
と呼ばれている。この大型トラックは、魚の積替えを終わると、それを東京・名古屋・大阪等の集荷市場まで運ぶ。
トッキングの時間は、このトラックが目的地の市場のセリに間に合うように設定される。大衆魚は輸入魚と
競合するが、高級魚―ことに活魚―市場はこのようなネットワークに支えられている。
No.2
No.3
No.4
No.5
No.6
No.8
No.9
No.10に示すように、この例では5隻の船が組になっている。その中の1隻が潮上手に錨泊し、それから撒餌をする。
流速と撒餌の沈む速さに応じて間隔を取りながら4隻が舫って釣る。
No.11
もう1つ例外的に規模が大きい一本釣として、サバ跳釣があった。この漁業は夜間に集魚灯と撒餌を用いて
大型のサバを釣る漁業である。東海地方で起こり、一時は東シナ海南部まで出漁し、かなりの好成績を揚げた。
しかし、その後ほとんど消滅した。ここにその跡を記す。
この漁業には古いカツオ竿釣船が用いられた。
ゆっくりとホースを巻上げながらサバの群を海面まで導く。釣手は舷側に並び、泥状にすり潰したイワシを
入れた箱を足元に置いて魚群が浮上するのを待つ。魚群が浮上すると、左手に持った柄杓で泥状の撒餌を海面
にまきながら、右手に短い竿を持って海面を撫でるように動かすと、灯火と撒餌によって狂ったようになった
サバが釣針にかかる。No.14はその用具の写真である。
魚倉一杯に魚が入っているように見えるのは、次ぎのような伝統的な保蔵法のためである。予め魚倉の中に
海水を張り、それに砕氷と食塩を入れる。ここに漁獲物を逐次投げ込む。この保蔵法を「水氷」という。
魚倉内の水面から上が空いていると、船が傾いたときに復元しなくなり、船が危険になる。そのために、
最後に海水で魚倉内の空間を満たすので、漁獲は少なくても魚倉は魚で一杯になっているように見える。
No.16で右端に写っている人の上の左舷に見えるリールはホースを降ろすためで、下端にホースの錘が見える。
右から2人目の人の足元にある白いものは、撒餌を混ぜた海水を送るポンプである。
No.16
No.17とNo.18は東シナ海の200m等深線上に投錨して深海釣を行っている漁船の写真である。
船首から斜め前方に降りている錨索が見られる。No.17では船首・船尾および左舷から長い竿がでている。
No.18では船首と船尾から長い竿がでているのが分かる。その付け根に深海釣機が見られる。
No.18
No.20
No.21
No.25
No.26
No.27
No.31はタチウオ釣のテグス部の写真である。曳縄の項で示したように、一本の道糸に50本近い釣針が付いている。
釣針はクキが長く、付け根には小さな鉛の球がつき、それにガラス玉で埋め込んである。擬餌の代わりに紺色の
ビニール片が付けられる。曳縄の項で示したタチウオ釣の道具は静岡県で見られたもので、ここで示したものは
山口県東部で見られたものである。両者はよく似ている。
No.30
No.31
No.33
No.34
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一本釣は昔から最も多くの人によって用いられている漁法で、専業漁師ばかりでなく、スポーツフィシャーマン
によっても広く用いられる。
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[No.2: image12-11-003.jpg]
[No.3: image12-11-005.jpg]
[No.4: image12-11-007.jpg]
[No.5: image12-11-009.jpg]
[No.6: image12-11-011.jpg]
[No.7: image12-11-013.jpg]
[No.8: image12-11-015.jpg]
[No.9: image12-11-017.jpg]
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その後、一本釣に見られた大きな変化は深海釣機の出現である。深海釣は次のような条件が整ったので可能に
なった。(1)半減角は小さくても強力な魚探が開発され、詳しい海底地形がわかるようになった。(2)陸上の地形が
見えなくても目指す地点に正確に船を持って行くために、リアルタイムで船位を求められる電子計器が開発された。
(3)小型船に装備できる小型で強力なラインホーラが普通に入手できるようになった。(4)深くに住み、
なじみがなかった魚を切り身等に加工して流通機構に乗せられる技術が開発された。 
[No.17: image12-11-033.jpg]
[No.18: image12-11-035.jpg]
[No.19: image12-11-037.jpg]
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[No.34: image12-11-067.jpg]
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