FishTech - Photographs of Fishing Techniques −漁業技術の画像集「FishTech」−
by Emeritus Prof. Hiroshi Maeda, Fisheries College, Shimonoseki, Japan in collaboration with Asst. Prof. Koichi Fukada, Fisheries College, Shimonoseki, Japan
[著] 水産大学校名誉教授・理学博士 前田弘 [協力] 水産大学校助教授 深田耕一

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イ カ 釣



 集魚灯を用いた手釣によるイカ釣漁業は、1950年代には日本を代表する漁業の1つであった。しかし、60年代の 頭初にはほぼ現在と同じ型の自動イカ釣機が開発され、その後海外でも広く用いられるようになり、自動釣機を用 いたイカ釣漁業は、日本が開発し、世界中に広がった漁法の代表の1つになった。

 漁獲量は資源量や水温に支配されることは勿論である。しかし、漁業の盛衰はそれ以外の人為的な要素に強く 支配される。このことは、ほとんど総ての漁業に当てはまるが、特にイカ釣では人為的影響が強く現れる。 この点がイカ釣の特徴であり、他の産業と似ている。日本においてイカ釣漁業に関して起こった変化の特徴は、 主に次の3点にある。

 第1は燃料価格と漁獲量との関係である。第1次オイルショック以前には、採算点に達する漁獲量が低かった。 少しでも漁獲が見込まれるときには、船を遊ばせるよりも良いという考えに従って出漁していた。しかし、 燃料油の高騰のために、ある程度の漁獲が見込まれても、採算を上回る漁獲が確実に見込まれるまでは出漁しない という基本的な考え方に変わってきた。漁業における労働力確保の困難さも、この傾向を助長した。

 第2は、日本において自動釣機を用いたイカ釣が急速に伸びた背景にも、人為的な要素は無視できないことである。 漁業の急速な発展期や高度経済成長期には、まだ十分に使える漁船を作り変える力が漁業には残っていた。 また、急速な周辺機器の進歩も新船建造に拍車をかけた。すなわち、休漁して主機の高馬力化・漁労装置や機器の 入替え等をするよりも、それまでに使っていた船をそのまま使い続け、一方では平行して新しい機器を備えた船 の建造を進める。その船が出来上がると、それまでに使っていた漁業許可と乗組員を新しい船に移して操業をする。 この形態の代船建造は、ほとんどすべての漁業で起こった。しかし、この方法では、十分に使える船が残るが、 この船は従来行っていた漁業を続ける許可と熟練した乗組員を持たない。その両者がなくてもできる漁業が、 自動釣機によるイカ釣である。

 自動釣機を用いるイカ釣では、機械が釣上げたイカを乗組員が冷蔵か冷凍に当たり、乗組員はイカを釣り技術の 習熟を要しない。この特徴のために、多くの漁船は主要漁法の(法的と習慣的の)休漁期には釣機を装備してイカ釣 を行った。これがイカ釣漁業を大幅に拡大した。また、発電機と釣機さえ装備すれば、船体を改造しないでもイカ釣 に従事できる特徴がある。これがイカ釣を広く用いられる理由の1つである。

 世界各国の200浬経済専管水域による規制が厳しくなり、行き場を失った漁船を活用し、乗組員の活躍の場を 海外に求め、この漁業用に改造して海外まで進出した。この動きは日本ばかりでなく、外国の地先で活発に漁業を していた東欧や東洋の各国でも起こった。

 自動釣機によるイカ釣が外国において広がったのは、次の理由による:イカは南欧と東洋の一部を除くほとんどの 国では消費されない。冷凍技術の進歩により、水産物は長期の保存に耐える輸出商品になった。日本では人件費の 高騰に伴ってイカの市価が上がり、日本は絶好の輸出先となる。日本向けに輸出するためには、トロールで漁獲した イカよりも、自動釣機で漁獲したイカの方が、品質の点において受け入れられやすい。南米ではトロール船に 自動釣機を装備し、昼間にはトロールでイカを含む底魚類を漁獲し、夜間には自動釣機でイカを漁獲する操業形態 がとられた。これは外国から出漁していたすべてのトロール船に当てはまる。この傾向は’80年代の初めに急速に 広がった。

 しかし、多量のイカが漁獲されるか輸入されると市価が下がり、輸入元と船主は多量の在庫をかかえる。また、 漁獲が下がるとこの反対のことが起こる。したがって、イカ釣漁業は投機的な色彩を帯びてくる。この点も他の 1次産業と似ている。

No.1
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No.2
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No.3
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No.4
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No.5
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No.6
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No.7
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No.8
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No.9
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No.10
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No.11
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No.12
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No.13
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No.14
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No.1からNo.14までに各種のイカ釣船の代表的な写真を示す。

 No.1とNo.3はカツオ竿釣船の中古を活用したらしい船、No.2はマグロ延縄船の中古を使ったイカ釣漁船の写真である。 いずれも、1970年代前半、すなわち、漁業が盛んであり、自動イカ釣機が普及した初期のに撮影した写真である。

 船の中心線に沿った高い位置に集魚灯の列があり、両舷側に沿って自動イカ釣機が並ぶことがイカ釣船の特徴である。 それまでに従事していた業種に比べると、強力な集魚灯を使うために、はるかに多量の電力を使う。したがって、 中古船を用いる場合には、発電機が増設される。これには、乗組員が減少したために空いた後部乗組員室(機関室の後) が当てられる。No.1では後のマストの前にその排気をだす煙突が見られる。No.2ではこの写真のすぐ後にある。 No.3では船橋のすぐ後にある。No.4ではよく分からない。

 多数の水上集魚灯を使うので、主要漁場は人工衛星からも観察できる。

 できるだけ多数の釣機を備えるために、水線上構造が高い船では、プーリを支える腕が短いものを舷側に設置し、 長いものを船橋より後の上部構造に沿って並べ、釣機は2列に配置される。No.2では長い方の腕が立ててある。

 釣れたイカは釣機の付根を走る樋に自動的に落とされ、そこを流れる海水によって船の中央に集められる。 この樋はNo.1では分かりやすい。イカを釣る作業は釣機が行い、乗組員は流されて集ったイカをパンに立て氷蔵 または冷凍に回す作業に当たる。この作業は手早くしなければ、釣上げられたイカは釣上げられた後でも共食い をして商品価値がなくなる。

 No.5からNo.10までは始めから専業船として建造された中・小型船の写真である。

    自動釣機によるイカ釣では、多数の釣糸を絶えず上下させる。それらがもつれないようにするためには、集って いるイカの群とともに潮流に従って船が流れるようにしなければならない(対水的には静止)。そのために、 船首からパラシュート(パラアンカー)が海中に下ろされ、移動するときには揚げられる。No.5には、船首に パラシュートを畳みながら揚げるための大きな輪が見られる。パラシュートは開いた傘の上端から、 この輪を通して引揚げられる。船を潮流とともに流すためには、風による漂流を最低にしなければならない。 そのために船尾中央にはスパンカーを揚げる。これらの写真にはスパンカーを揚げるための帆柱が船尾に見られる。

 No.11とNo.12  他の漁業に使われる沖合い漁船に自動イカ釣機を装備した例の写真である。イカ釣漁業は 季節的である。これらの船は、イカ釣の漁期以外に従事する漁業の特徴を備える。ここに示した例では、東シナ海 における底延縄船を用いている。東シナ海では、国際協定のために、底延縄の漁場が狭くなった。これがイカ釣 を行う原因の1つである。

 No.13とNo.14は博多湾の地元漁協を根拠とするイカ釣漁船の写真である。船尾の限られた位置に、1基か2基の 自動釣機しか装備されていない。概型は地元の漁船の特徴を備える。これは、No.14ではっきりと見られる。 あまり多くの集魚灯を用いない。したがって、外から分かるような発電機の増設をしていない。

No.15
[No.15: image12-14-11-029.jpg]

No.16
[No.16: image12-14-11-031.jpg]

No.17
[No.17: image12-14-11-032.jpg]

No.18
[No.18: image12-14-11-034.jpg]

No.19
[No.19: image12-14-11-036.png]

 No.15からNo.19までは、自動釣機の写真である。

 1960年代のドラムはNo.19に示すように円形であった。釣糸をシャクリながら揚げるために、 1970年代の頭初にはいち早くドラムは菱形に改良された。その例をNo.15に示す。No.16は自動釣機の制御盤の 写真である。2基のリールを1台のモータで動かし、釣糸を上下させる振幅と周期は1台ごとに制御していた。 多数の釣機を集中管理できるようになった現在でも、2基のリールを1台のモータで動かすことは変わりない。

 No.17とNo.18に示すように、中には釣糸を大きくしゃくらせるために、菱形の頂点の棒を外して使う船もある。

No.20
[No.20: image12-14-11-038.jpg]

No.21
[No.21: image12-14-11-040.jpg]

No.22
[No.22: image12-14-11-042.jpg]

No.23
[No.23: image12-14-11-044.png]

No.24
[No.24: image12-14-11-046.jpg]

No.25
[No.25: image12-14-11-051.png]

No.26
[No.26: image12-14-11-なし.jpg]

No.27
[No.27: image12-14-11-055.jpg]

No.28
[No.28: image12-14-11-053.png]

No.29
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No.30
[No.30: image12-14-11-047.jpg]

No.20からNo.30はイカ釣用の集魚灯の写真である。電球の種類と構成は時代と地域によって変化が大きい。 当初は3kwの白熱灯だけが使われたが、時代とともに種々の電球が開発された。最も新しい写真はNo.26である。 新しい型の電球が取り入れられることもあれば、古い型の電球が使われ続けることもある。集魚灯の数が少ない 船を除き、1隻の船が1種類だけの電球を用いることは、ほとんどない。電球の構成は船によって異なり、 漁労長の判断によるところが大きいが、船団ごとに似ている。

 No.27とNo.28はグリーンビームと呼ばれ、第1次オイルショックのときに一時広がった。燃費が高騰し、 採算点に達する漁獲量を下げなければならないときには、省エネが叫ばれたが、それは同じ発電機(あるいは その規制の下)で光力の増加につながる悪循環を繰返した。

No.31
[No.31: image12-14-11-059.jpg]

 各種イカ角の写真である。左から2番目は普通のイカ角である。角の部分は布を巻いてありクラウンは 2重である。一番左は中に単3の乾電池を入れて使用するものである。水上灯はいくら明るくても深くなると 照度は落ちる。電池はそれを補う意味がある。左から3番目はソフトと呼ばれ、角の部分は軟らかい。 右の3本には、細く長い軸の部分に泡が入っているので、水中ではこれがきらめき、イカを誘いよせるといわれる。 クラウンは一重で、手釣に使われる。

 

No.32
[No.32: image12-14-11-063.jpg]

No.33
[No.33: image12-14-11-065.jpg]

No.34
[No.34: image12-14-11-067.png]

No.35
[No.35: image12-14-11-061.jpg]

No.36
[No.36: image12-14-11-069.png]

 No.32からNo.36までは、集魚灯を使うイカ手釣である。これは、イカを活かしたまま市場に揚げる山口県の 日本海独特の漁法である。漁獲量は多くないが、活イカとして高く取引される。棒受網や巾着網が操業する漁場の 縁辺でおこなう。

No.37
[No.37: image12-14-11-071.jpg]

No.38
[No.38: image12-14-11-073.jpg]

No.39
[No.39: image12-14-11-075.png]

No.40
[No.40: image12-14-11-077.jpg]

No.41
[No.41: image12-14-11-079.jpg]

No.42
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No.43
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各地には伝統的なイカ釣が小規模ながら残っている。その数例を揚げる。

 No.37は九州の豊後水道沿岸で甲イカを釣る漁具である。同様な漁法は和歌山県の白浜でも見られた。 冬期の日没直後に手漕の船でゆっくりと岩礁の上を回ると甲イカが擬餌に飛び付く。擬餌は、工場に積まれている チップの中から「フクギ」の片を探し出し、手作りである。

 No.38からNo.40までは、金沢で見かけたタルイカ釣の道具である。擬餌は普通に使われるものの数倍の大きさである。 No.40はその釣竿である。

 No.41からNo.43までは、宮崎県において甲イカ釣に用いられる擬餌と釣竿である。

 各地の漁法は詳しく調べれば、このような地方特有の道具はもっと見つかるだろう。

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