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第1は、ファイル「マグロ延縄操業」に示したような1鉢ごとに区切られていた幹縄が、全体で一本に
なったことである。これは幹縄の材質向上のためであり、乗組員の作業には大幅な変化が起こった。
第2は、低緯度における漁獲が低下したためと、南緯30°以南においてメバチの代わりになる南マグロが
見つかったので、荒天下でも操業するように、左舷舷側が船首から船尾までほぼ同じ高さで続けられた。
第3は急速冷凍が普及し、船橋の下の部分がそれに当てられ、主機関が中・高速ディゼルに変わり、
機関室の体積が減り、信頼度が上がったために、その上を含め居室が船橋の後の最上層から機関室の後までの
甲板下水線上になった。すなわち、後半の水線上構造が大きくなった。
以下の写真はこれらの変化を示す。No.1とNo.23・No.29を比べると、船型の変化がよく分かる。
1970年代前半には、延縄を1鉢ずつに分けて扱う船と木造船は辛うじて残っていた。No.1はその写真である。
この頃の船型はファイル「マグロ延縄操業」を参考にされたい。
No.2
甲板上に立って、舷門から大きなマグロを引揚げるために、乾舷が著しく低い。右舷前方から風を受けながら、
船首楼のすぐ後の舷側にあるラインホーラで幹縄を揚げる。船橋は中央よりやや後方にある。これは、
揚縄中の断続する停止の間に、風圧によって縄の上に流されないためである。すなわち、停止中に風圧で流されても、
後の方が前の方よりも余計に流され、船首は縄の方向を向く。No.2に写っている船では、後半の水線上構造は
前半のそれよりも大きいので、このことが当てはまる。しかし、No.23とNo.29に写っている船では水線上構造が
大きく、したがって、風による圧流が大きくなり、水上線構造の前半と後半の大きさが近く、流されても
船首が縄の方に向きにくくなった。
船尾の甲板は写っていないが、No.23に示すように、船尾には特別の装置はまだ設置されてなく、
手作業による投縄のために十分な場所をとってあった。
船首楼甲板は、上から見ると左右対称的であるが、舷側は右側が前に切込んでいる。船首楼甲板の
下の影になる部分の右舷側よりやや内側にラインホーラがあり、それによって幹縄が揚げられる。
船首楼の右舷舷側の切込みの前端近くのブルワークトップには、幹縄が通る3方向プーリが見られる。
ラインホーラの左に続く台はスローコンベヤで、コイルした幹縄がこの上を右から左にゆっくりと送られる。
幹縄は左舷側の近くで方向を変え、左舷漁船登録番号の少し前にある(白い)ラッパからパイプ
(赤い帯と漁船登録番号の間を走る。上側が空いているので黒く写っている)を通して、左舷に沿って
船尾に送られる。
枝縄は、3方向プーリとラインホーラの間で幹縄からはずされ、魚がかかっていない場合は手かNo.9に
示す枝縄巻取機でコイルされる。
魚がかかっている場合は右舷船橋のやや前の舷門から上げられる。舷門は、この写真では幹縄を後に
送るシステムの受け口と重なっているので分かりにくい。
コイルされた枝縄は左舷に沿って走るベルトコンベヤによって船尾に送られる。
No.4
性能の良い造水機が普及し、食料・飲料水・燃料等の洋上補給を受けられるようになったのは、
ずっと後のことである。(マグロ延縄船では淡水は飲料のほかに、冷凍した魚のグレーズにも
使われるので、消費は多い。)
ブルワークトップ前端近くにある3方プーリは外してある。ヒサシ状に伸びたこの船首楼甲板の影に、
ラインホーラ(半分だけ)が見られる。舷門はラインホーラからかなり後方の船橋の少し前にあるのが分かる。
幹縄は右舷から揚げられるので、揚縄中は燃料や清水を移動して船体は右舷側にやや傾けられる。
漁労長は船橋の右端に座って、幹縄が伸びる方向や張り具合を確かめ、揚縄作業を監視しながら操船する。
日光の反射が強い低緯度の海面を見つめながら操船するので、右端の窓は庇(ヒサシ)がつきスモーク
グラスになっている。
その2層下の窓がない部分(甲板に続く部分)は急速冷凍室である。
前に向かって左から魚探、レーダ、(通常航海用の)操船コンソール、傾斜計、磁気コンパス
(真鍮のカバーに入っている)、ジャイロコンパスのリピータがある。
底曳網漁船に比べて、マグロ延縄船では、僅かに魚探が見られるだけで、水中の情報を集める機器はほとんどない。
ジャイロコンパスのリピータ、揚縄中の乗組員に指示をするスピーカのマイクと揚縄中の操船用の
コンソルが見られる。ジャイロコンパスのリピータを傾けて見やすくしてある。これは幹縄が伸びる方向
(投縄方向)を確認しながら揚げるためである。
漁労長は右の台に座って操船する。船橋右端の前を向く窓は、開ける高さを調整できるようになっている。
この写真は1980年代に撮られた。クラッチ嵌脱式のマグロ延縄船の場合は、1分間に1回以上の短時間の前進と、
停止を繰返し、幹縄のたるんだ部分を引揚げる。たるみがなくなると、幹縄に張力をかけずに揚げられる
ようにするために、また短時間の前進をする。このような運転が12時間以上続く。この間の機関操作を容易
にするために、マグロ延縄船ではいち早く可変ピッチプロペラが取入れられた。揚縄用の操船コンソールには、
ピッチ切替えのハンドルが見られる。
小翼角で前進するので、船の方向は不安定である。従来型のように中央より後の水線上構造が大きな船では、
風圧によって船首は縄に近づけやすい方向を向く。しかし、No.23やNo.29に示す船のように、水線上構造が大きく、
しかもその前半と後半の大きさの差が小さい現在の船型では、小翼角による前進の際の方向が安定しないことの
影響は大きい。
ラインホーラはこの程度舷側から離れたところにあり、魚を取上げる舷門はやや後にあり、
この写真には写っていない。
枝縄巻取機が普及したのは、枝縄をクリップで着脱できるようになった後で、かなり遅かった。
No.11
No.12
枝縄はラーンホーラを通過直後に幹縄から外され、No.10とNo.11のパイプの下に見られるベルトコンベヤで
船尾に運ばれる(入港中は整備のためにコンベアのゴムベルトは外してある)。
No.14
その1つはドラム方式である。これはNo.13(右側の船)とNo.14に示すように長さ100km以上にも及ぶ
幹縄を、1つか2つの大きなドラムに巻込む方式である。揚縄中はこの大きなドラムを低速で回し続け、
投縄中は幹縄の繰出し速度に応じて、回転速度を調整しなければならない。これには大きな力が必要になり、
機械的な故障や縄の切断事故が多く、この方式はあまり普及しなかった。
現在、モノフィラメントの幹縄を使用した外国のマグロ延縄船では、ドラム式が普通であるが、
それらとは規模が違うし、開発された時代の技術的背景が異なる。
No.16
No.18
No.19
No.20
No.21
No.22
装置の詳細はメーカと年代あるいは船の大きさによって異なる。
No.15からNo.19は一本の縄を4つから6つの大きな箱に分けて入れる方式である。これは大型船に多い。
No.20からNo.22はヘッドを右舷の端近くから左舷の端近くまでゆっくりと何回も往復させながら一本の幹縄を
1つの大きな箱に入れる方式である。この方式は、中型以下の船に多い。
No.25
No.26
No.27
No.28
No.24は船尾の幹縄を貯蔵する部分の写真である。
全長100kmを越える幹縄が、この大きさで2重底までの深さに収まる。
幹縄が送られるパイプ(写真の左端を斜めに上がる)、引込む装置(薄緑色)、繰出される縄の入口
(パイプ上端近くの薄緑色のラッパ)が分かりやすい。また船尾の甲板の作業用のスペースが狭くなったこと
が分かる。ここに幹縄繰出機が設置されているが、縄の貯蔵庫の影になり写っていない。
No.25は同じ船の船尾をNo.24よりも少し後から撮った写真である。渡板の付根に幹縄繰出機が写っている。
このような小さな装置で投縄作業は大幅に改善された。
餌をつけた枝縄は、現在では、クリップによって自動的に幹縄に付けられるが、その装置が普及したのは
はるか後である。
従来型の操業法では、幹縄は一回の操業で1度だけラインホーラのローラによって摩擦され張力を
かけられるだけであったが、新しい方法では同様なローラによる摩擦と張力の影響は3回受ける。船が大きくなり、
操船しにくい船型になった。さらに揚縄速度が上がったので、幹縄材料に大きな負担をかけることになる。
操業法の進歩と幹縄材料の進歩のバランスにおいて、幹縄材料の消耗(切断と入替え作業の回数)が
シーソーゲームを繰返すことになる。
No.29の右の船はファイル「北洋底魚漁業」に示した北洋でギンダラをねらって水深500m以上で操業する
底延縄漁船の船型に近づいた。
船型の変化には技術面だけでなく、経済面の影響が強く、「便利になる」という程度の問題は、
好況のとき以外には改造という型になる。
No.31
No.32
No.33
No.30とNo.31を比べると、右舷方向から見た場合と左舷方向から見た場合の違いが分かる。
No.32とNo.33は左舷方向から見た船型全体を示す。
No.35
No.36
幹縄が一本になると同時にクリップによって枝縄を着脱できるようになった。No.34はその枝縄取付けクリップの
写真である。ABS樹脂製の浮球の直径を約30cmとすれば、クリップの大きさが分かる。なお、浮球はビンダマと
呼ばれるように、ガラス製であったが、1970年代には硬いABS樹脂製に変わり、損耗率が下がった。また、
枝縄がかなりの率で消耗することが分かる。
No.35について、以前にはすべてのブイに目印になる旗がついていた。しかし、現在ではほとんどのブイに
旗はついていない。その代わりに、各ブイには光を反射するソケット(横を向いている短い円筒)がついている。
No.36について、枝縄は簡単な構造であり、その基本構造は現在でも変わっていない。
しかし、既製の部品を組立て方式に変わった。以前は動く部分にはストランドを巻いて摩擦による消耗を
防ぐことも行われたこともある。これにも既製品が用いられる。各部分を連結したり、そのためのループを
手造りで作っていた。しかし、それらは軟らかい金属片で締め付けるように変えて省力化された。
その作業はファイル「マグロ延縄操業」に見られる。
No.36では釣針にはアイが付き、それには小さな錘とガラスの球がついている。ショックアブソーバの
ウレタンゴムの部品もみられる。しかし、往復航海中や移動中のように手の空いた時間に乗組員が自分自身の
手で枝縄を組み立てるとすれば、これらを組合わせた複雑な枝縄を乗組員が組立てる余裕があるかどうか疑問である。
また、現況ではマグロ延縄漁業には枝縄作成を外注する余裕があるかどうか疑問である。
枝縄の基本構造は全国的に同じである。しかし、細部において複雑な構造のものを好むかどうかは地方
によって異なる。この見本は繊細な漁具を好む宮崎県南郷漁協において見られた。メーカの見本であり、
それで組立てられた枝縄の見本が右端に示される。大型延縄漁船がこのような枝縄を使用しているのは、
見かけなかった。しかし、50トン以下の延縄船は繊細な漁具を使うので、これらの部品の一部を取入れた
枝縄を使うかもしれない。
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特に投揚縄装置について
1970年代以後、マグロ延縄船には次の3つの点で大きな変化がみられた。
[No.1: image13-12-001.jpg]
[No.2: image13-12-003.jpg]
[No.3: image13-12-005.jpg]
[No.4: image13-12-007.jpg]
[No.5: image13-12-009.jpg]
[No.6: image13-12-011.jpg]
[No.7: image13-12-013.jpg]
[No.8: image13-12-015.jpg]
[No.9: image13-12-017.jpg]
[No.10: image13-12-019.jpg]
[No.11: image13-12-021.jpg]
[No.12: image13-12-023.jpg]
[No.13: image13-12-025.jpg]
[No.14: image13-12-027.jpg]
[No.15: image13-12-029.jpg]
[No.16: image13-12-031.jpg]

[No.17: image13-12-033.jpg]
[No.18: image13-12-035.jpg]
[No.19: image13-12-037.jpg]
[No.20: image13-12-039.jpg]
[No.21: image13-12-041.jpg]
[No.22: image13-12-043.jpg]
[No.23: image13-12-045.jpg]
[No.24: image13-12-047.jpg]
[No.25: image13-12-049.jpg]
[No.26: image13-12-051.jpg]
[No.27: image13-12-053.jpg]
[No.28: image13-12-055.jpg]
[No.29: image13-12-057.jpg]
[No.30: image13-12-059.jpg]
[No.31: image13-12-061.jpg]
[No.32: image13-12-063.jpg]
[No.33: image13-12-065.jpg]
[No.34: image13-12-067.jpg]
[No.35: image13-12-069.jpg]
[No.36: image13-12-071.jpg]