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和歌浦では台風に耐える構造の家が崖に密集している。
ここの主要漁法は底曳網である。ここは大規模の底曳網船団に関して記した箕島から北に直線で14kmしか
離れていない。箕島とは操業時間を変えて、同じ漁場を使い分けている。当然両者の間の交流が考えられる。
それにもかかわらず、同じ海域で同じ底曳網漁業に従事する船でも共通点が少ないので、ここに記した。
この解説を読むに当たり、箕島に関する解説を参考にする前提で記した。
No.2
No.3
No.4
No.4の中央にはシラス船曳船が見られる。これはこの地方で見られる典型的なドラム式の船曳船の船型をしている。
No.1とNo.4の左隅の近景としてぼんやりと写っているのは、魚の干物である。
No.6
No.7
No.8
ドラムの両側から長いパイプが立ち上がり、コッドエンドを吊り上げるためと考えられる櫓を作る。この櫓の
アームはあまり高くない。一部の船では、船尾のブルワークトップには揚げるときにコッドエンドが擦れないように
空転する細いローラがある。船尾でコッドエンドを揚げるとすれば、漁獲物の選別は船尾で行われることになる。
No.8では、船尾舷外の水線付近にソリ状の張り出しがある。この機能については、もう少し水面に近いか
水面下にあれば、種々の可能性が考えられる。この船では、他で見られた張り出しブームが見られないので、
それと関連が考えられる。
このように、同じ漁港を根拠とし同じ漁業に従事する船の概型は似ていても、細部は1隻ずつ異なる。
No.12
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紀淡海峡のすぐ外側にある和歌浦(雑賀崎)には、船に住み込んで魚を追いながら各地で一本釣をする家船という
独特の習慣があるので有名であった。しかし、その面影はほとんど見られなかった。残っていたとしても、
家船は正月と盆の2回しか帰港しないので、それ以外の季節では見られなかっただろう。
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[No.2: ft_image_15_13/image003.jpg]
[No.3: ft_image_15_13/image005.jpg]
[No.4: ft_image_15_13/image007.jpg]
[No.5: ft_image_15_13/image009.jpg]
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1人乗りである。船体のほぼ中央に機関室がある。(以後、箕島における船との間に大きな違いが見られるときは、
箕島における状況をカッコ内に記した)。その後(前)に操舵室がある。したがって、漁労作業を行える甲板の広さは、
箕島の船と比べると、ほぼ半分になる。機関室と操舵室の上縁に沿って低い手すり状の飾りがある(ない)。
直径約1mのドラムには曳索を含む網全体(袖網まで)が捲き込まれる。オッターボードは木製(金属板)平板で、
船尾外側に縦に吊られる(船尾両舷内側に上げられる)。機関室の横には長さ約2mから3mの水平に張り出す
ブームが立っている。(No.12では船外に倒してあるのでよく分かる。他の写真では分かりにくいが、
船首より少し後方のブルワークトップから支索をとってあるので分かる)。これは、箕島の船には見られない。 
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[No.10: ft_image_15_13/image019.jpg]
[No.11: ft_image_15_13/image021.jpg]
[No.12: ft_image_15_13/image023.jpg]
[No.13: ft_image_15_13/image025.jpg]
[No.14: ft_image_15_13/image027.jpg]
[No.15: ft_image_15_13/image029.jpg]